祭頭祭

祭頭祭

【重要なお報せ】

鹿島神宮と本年当番の溝口郷および関係団体との協議により、令和3年の祭頭囃奉納および春季祭を3月9日(火)に日程変更することをご報告いたします。

今後の新型コロナウイルス感染症の動向により、変更や中止の判断をする際は本ウェブサイトでお報せいたします。

【重要】この度の特例措置は多くの集客が見込まれ“密”となる可能性のある「休日開催を回避するための措置」ですのでこのあたりの事情をご賢察の上、ご理解下さいますようお願い申し上げます。

【重要】感染症対策を充分に行うことが前提ですが、仮に10都府県の緊急事態宣言や茨城県独自の緊急事態宣言が延期され、期間が3月9日に及ぶ場合は本件に関し更なる変更や中止を判断することがありますので予めご了承願います。

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祭頭祭は、元々は66郷(現在は52郷)の氏子地域が南北に分れ、左方・右方それぞれから当番地区(大字)が1地区ずつ選出され、通常2つの地区が選ばれて祭典に奉仕いたします。

前年の「春季祭」の神占により当番が決定し、観衆に宣言されるところから当番地区の一年が始まります。当番についた地区は一年間地元の鎮守様の社に鹿島神宮のご分霊をお迎えして祀り、祭事事務所の設立、大豊竹の選定、大総督(または新発意ともよばれる)の結納、祭頭囃の練習など、祭頭祭を巡る様々な準備を一年がかりで行います。

3月9日の祭頭祭当日になると、大総督を始め祭事委員の役員たちは大勢の参列者が見守る中、神職とともに昇殿し祭儀に参列いたします。鹿島神宮の大前に五穀の豊穣と国家・皇室の弥栄が祈られ、大総督を祭事委員長は当番地区を代表して玉串を捧げ鹿島の神に祈りを捧げます。地元では春を呼び込む鹿島立ちの神事と考えられています。

祭頭祭は時代によってそれぞれの付会がなされており、神仏習合の江戸時代には新発意(出立)から常楽(彼岸)に至る「常楽会」とされ、明治になってからは五穀豊穣を祈る「祈年祭」とされ、昭和初期には当時の富国強兵の流れを受けて「防人の祭」とされました。いずれも「新たな出立」を意味しており、この祭りが日出づる東に位置し「出立・始まり」を司る鹿島の大神への古代信仰「鹿島立ち」を淵源としていることが伺えます。